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真言宗太融寺(大阪市北区)

北区
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大阪市内の仏教寺院を自転車遍路。山門・境内・お花たちの長閑な風景を紹介しています。
最近の関心事は3つ。

  1. 仏像を写す
  2. 毎日の勤行に真言宗のお経を読む
  3. 終活に仏寺めぐりを考える
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真言宗太融寺(大阪市北区)

基本情報

  • 宗旨:真言宗
  • 宗派:高野山真言宗
  • 山号: 佳木山
  • 院号:宝樹院
  • 寺号:太融寺
  • よみ:たいゆうじ
  • 本尊:千手観音(大阪市指定文化財)
  • 開創:821年
  • 開基:弘法大師(空海
  • 霊場:摂津国八十八所巡礼(第6番札所)ほか
  • 所在地:大阪市北区太融寺町3-7
  • アクセス:①大阪メトロ谷町線「中崎町」より南へ500メートルまたは「東梅田」より東へ500メートル、②大阪シティバス36号・37号・78号・83号「太融寺」降車すぐ
  • 参拝日:2022年2月15日、2023年5月9日、2023年9月1日

ご利益

献灯

仏尊の恩徳に感謝し、真心の一灯を献じて、毎日を明るく正しく過ごせる智慧を授かれます。

献灯場所は、①一願不動、②白龍大神、③北門参道の3カ所です。

辯天堂

北野辯才天(弁才天)を祀り、諸芸上達を願う人たちをはじめ、雄弁の智慧をもった神様でもあり、弁舌や福徳をもたらせてくれます。

ご真言は「おん そらそばていてい そわか」。

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寺門

南門

真言宗太融寺(大阪市北区)、南門。2022年2月15日に撮影。

高野山真言宗太融寺の南門表札。2023年5月10日、大阪市北区にて撮影。

真言宗太融寺の南門から本堂までの間のお線香広場(大阪市北区)。2022年2月15日に撮影。

北門

真言宗太融寺(大阪市北区)、北門。2022年2月15日に撮影。

この神社風の灯籠から真っ直ぐに進むと「一願不動明王」の案内や石柱があります。

真言宗太融寺「一願不動明王」の案内。

真言宗太融寺「一願不動明王」の石柱。

東門

真言宗太融寺(大阪市北区)、西門。2022年2月15日に撮影。

門の右側の石碑は源融の旧跡。

源融(みなもとのとおる)は嵯峨天皇の第十二皇子。

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境内

正面が客殿、左隣の赤い三重塔が宝塔。左端に屋根が見えている建物が本堂。真言宗太融寺(大阪市北区)。2022年2月15日に撮影。

正面が客殿、左隣の赤い三重塔が宝塔。左端に屋根が見えている建物が本堂。

太融寺は高野山真言宗準別格本山です。

奈良や京都にくらべると大阪市内のお寺は小粒ですが、太融寺は込み入った北区で最大と思われる大きな寺院。

近所にあるのにいつもバスで通り過ぎてばかりでした。

寺内で参拝もできるので、寺門寺禱だけでなく寺内寺禱もしてきました。

厄除け大師像(厄除弘法大師)

厄除弘法大師像。2022年2月15日に撮影。

若い頃の弘法大師とのこと。

右手に三鈷杵を、左手に念珠を持っています。

白衣観音像

次の写真は珍しい白衣観音像です。

白衣観音像。真言宗太融寺(大阪市北区)にて2023年9月1日に撮影。

白衣観音像。真言宗太融寺(大阪市北区)にて2023年9月1日に撮影。

白衣観音像。真言宗太融寺(大阪市北区)にて2023年9月1日に撮影。

ぼけ封じ観音

ぼけ封じ三十三観音霊場第7番。真言宗太融寺(大阪市北区)にて2023年9月1日に撮影。

ぼけ封じ三十三観音霊場第7番札所。

千成地蔵尊

こちらは地蔵菩薩の一種、千成地蔵尊。

地蔵菩薩の一種、千成地蔵尊。真言宗太融寺(大阪市北区)にて2023年9月1日に撮影。

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寺史

空海の創建、また源融の建立とも伝えられ、清和天皇より寺号をもらい、広大な伽藍で後鳥羽天皇も臨幸。

足利尊氏は寺田を寄せましたが、中世以降の兵乱で荒廃し、近世に快済・快芳らの中興でやや復興しました。

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刊行物

1年に1度「太融寺だより」を発行し、住職のエッセイや前年の活動報告、供養・祈祷の案内、写経写仏の会案内、「寺子屋ほっと」の案内などを記しています。

「太融寺だより高野山真言宗佳木山太融寺発行、2022年1月1日。

文化財

木造千手観音菩薩立像

太融寺の木造千手観音菩薩立像は大阪市指定文化財です。立像の高さは98.5cm。

マニ車(経車):ネパール

マニ車(経車):ネパール。真言宗太融寺(大阪市北区)。2022年2月15日に撮影。

おおさか十三仏霊場会(大阪十三仏霊場会)は、釈尊誕生の国ネパールのパタン市の学校建設を援助しています。

このマニ車は両国の友好のシンボルとしてネパールより十三仏寺院に贈られました。

マニ車の中にはお経が納められていて、手で回すとお経を一巻唱えたのと同じ功徳があるといわれています。

ओसाका ज्युसानबुत्सु रेईजोकाई, जापान ललित कल्याण केन्द्र को यो शाखा ओसाका ज्युसानबुत्सु रेईजोकाई को सहायता बाट बनेको थियो । उक्त सहायताले नेपालको बाल बालिकाहरु लाई शिक्षा हासिल गर्न मद्दत होला भन्ने आशा गर्दछौं । हामीले तहाँ को महतको लागि सधन्यवाद दिन्छौं र हाम्रो मातृत्व र प्रतिस्था सुमधुर बनाउनको लागि नेपाली गुरुबाट बनाएको बुद्धको मान्य त्यस संस्थालाई तक्राउँदछौ / बुद्दी राज बज्राचार्य / प्रधान पच पाटन, नेपाल / १ नोभेम्बर १९८८(ネパールより贈られたメッセージ)真言宗太融寺(大阪市北区)のボート

八角堂

八角堂。永代供養のお位牌をお祀り。真言宗太融寺(大阪市北区)。2022年2月15日に撮影。

八角堂では永代供養の位牌を祀っています。

合祀による永代供養塔があり、ご先祖を祀る後継者がいなくても、お位牌による永代供養ができます。

九山八海庭

九山八海庭。2022年2月15日に撮影。

九山八海庭の木漏れ日。2023年5月10日、高野山真言宗太融寺にて撮影。

宝塔

宝塔。真言宗太融寺(大阪市北区)。2022年2月15日に撮影。

1986年に建立。

大日如来を本尊に、1層目が護摩堂、2層目が経蔵(奉納写経を収納)、3層目が大日如来を祀っています。

本堂

真言宗太融寺の本堂(大阪市北区)。2022年2月15日に撮影。

真言宗太融寺の本堂(大阪市北区)。2022年2月15日に撮影。

高野山真言宗太融寺の本堂。2023年5月10日、大阪市北区にて撮影。

高野山真言宗太融寺の本堂。本尊が千手観世音菩薩、脇侍向かって右が地蔵菩薩、向かって左が毘沙門天。2023年5月10日、大阪市北区にて撮影。

信仰の中核となるお堂。

本尊(中尊)が千手観音、脇侍向かって右が地蔵菩薩、向かって左が毘沙門天

堂内には両界曼荼羅や真言宗の八祖大師が祀られています。

本尊

本尊の千手観音は高さ3尺、42臂、宝髭から地付きまで一木で彫出。

ふだんは須弥壇のお厨子に収納していますが、毎月18日に13時から観音経読誦会をするとき、参加者にだけ読経後に内陣を公開。

ご真言

それぞれのご真言が表示されています。

  • 千手観世音菩薩:おんばざらたらまきりく
  • 地蔵菩薩:おんかかかびさんまえいそわか
  • 毘沙門天:おんべいしらまんだやそわか

御真言の隣には功徳主・熊本房子による御詠歌の木版。2023年5月10日、高野山真言宗太融寺本堂にて撮影。

御真言の隣には功徳主・熊本房子による御詠歌の木版もあります。

あひがたき のりのよしきを えたるみは くるしきうみに などかしずまむ

太融寺は摂津国八十八所巡礼の第6番札所に指定されています。

辯天堂

北野辨才天を祀る辯天堂。2023年5月10日、高野山真言宗太融寺本堂にて撮影。

北野辨才天を祀る辯天堂。2023年5月10日、高野山真言宗太融寺本堂にて撮影。

北野辨才天を祀る辯天堂。2023年5月10日、高野山真言宗太融寺本堂にて撮影。

一願不動明王の北側にはひっそりと辯天堂のスペースがあります。

北野辨才天を祀り、諸芸上達を願う人たちをはじめ、雄弁の智慧をもった神様でもあり、弁舌や福徳をもたらせてくれます。

御真言:おんそらそばていえいそわか

広田富三郎殉職碑

大阪郵便電信局員だった広田富三郎が大江橋で人力車と衝突して殉職。

広田富三郎殉職碑。真言宗太融寺(大阪市北区)。2022年2月15日に撮影。

国会期成同盟発祥の地

国会期成同盟発祥の地。真言宗太融寺(大阪市北区)。2022年2月15日に撮影。

1880年3月17日第4回愛国社大会、1884年10月29日自由党解党大会が太融寺で開催されました。

太融寺町3丁目

太融寺町3丁目7。真言宗太融寺(大阪市北区)。2022年2月15日に撮影。

太融寺町3丁目7。真言宗太融寺(大阪市北区)。2022年2月15日に撮影。

ボードの教え

有難いと/思う心が/今日の幸せ真言宗太融寺(大阪市北区)のボード

大阪市指定文化財

木造千手観音菩薩立像大阪市指定文化財です。

指定の種別は有形文化財で、2007年4月5日に指定されました。

関連情報

月例行事

詳細は公式サイトよりお問い合わせください(後述)。

  • 一願不動護摩祈祷…8日(14時・16時)・18日(同左)・28日(10時・14時・16時)
  • 観音経読誦会…18日(13時)
  • 大師堂先祖塔婆回向…21日(10時から12時まで)
  • 写経写仏の会…1日、第2土曜日(いずれも13時から16時30分まで)

霊場めぐり

いろんな霊場めぐりに指定されています。

公式サイト

高野山真言宗 太融寺 公式:太融寺について、行事、交通案内など。

住所

〒530-0051 大阪市北区太融寺町3-7

アクセス

地下鉄谷町線東梅田駅より徒歩約7分、JR大阪駅より徒歩約10分

宗旨

高野山真言宗

本尊

千手観音菩薩

所蔵品

太融寺の所蔵品として、最も重要なものは本尊である木造千手観音菩薩立像です。この像は平安時代、11世紀後半から12世紀にかけて制作されたと考えられており、大阪市指定有形文化財に指定されています。一木造の技法で作られ、彫眼による十一面四十二臂の形式を有します。頭上面には仏面一面と化仏九面が配置され、各手に太陽や月、武器、道具などの持物を携えています。江戸時代に修復された部分もありますが、全体として古い様式を保っており、平安時代後期の定朝様の影響が見られます。この像は嵯峨天皇の念持仏として下賜されたもので、幾多の火災を免れ、現在も本堂に安置されています。

次に、不動明王像が挙げられます。一願不動として知られ、一願成就のご利益があると信仰されています。一願堂に安置されており、多くの参拝者が訪れます。この像は、厳しい表情と力強い姿で、災難除去や願い成就を象徴します。寺伝によると、弘法大師空海が彫ったとされる地蔵菩薩像と毘沙門天像も所蔵されており、創建時の霊木から作られたと伝えられています。これらは寺の起源を物語る貴重な文化遺産です。

また、境内には淀殿の墓とされる六重石塔があります。これは豊臣秀吉の側室である淀殿の墓所として伝わり、大坂夏の陣の歴史を偲ばせます。さらに、白竜明神やぼけ封じ観音などの像も安置され、さまざまな信仰を集めています。梵鐘は戦時中の供出を免れた美術品として優れたもので、現在も鐘楼にあり、厳かな音色を響かせています。これらの所蔵品は、太融寺の長い歴史と文化的な価値を体現しており、仏教美術や歴史遺産として重要です。

その他の文化遺産として、芭蕉の句碑もあります。これは松尾芭蕉の俳句を刻んだもので、寺の庭園的な雰囲気を高めています。これらの品々は、寺院の宗教的役割を超え、大阪の文化史を語る資料となっています。所蔵品全体を通じて、平安時代から現代までの連続した信仰の軌跡がうかがえます。

歴史

太融寺の歴史は、弘仁12年(821年)に遡ります。この年、弘法大師空海がこの地にあった森の中から異香を放つ霊木を発見し、それを用いて地蔵菩薩像と毘沙門天像を彫刻しました。これらを祀る草庵を結んだことが寺の始まりとされています。当時は難波津に近い賑わう場所で、仏教の布教拠点として機能しました。翌年、嵯峨天皇がこの出来事に感銘を受け、ご自身の念持仏である千手観音菩薩像を下賜し、本尊としました。これにより、寺は勅願寺としての地位を確立しました。

承和10年(843年)頃、嵯峨天皇の皇子である河原左大臣源融が中興の祖となりました。源融は八町四方を画して広大な寺域を整備し、七堂伽藍を建立しました。寺名「太融寺」は源融の字から取られたものです。最盛期の寺域は非常に広く、現在の堂山町、神山町、兎我野町などの地名にその痕跡が残っています。扇町公園が寺の庭園であったという伝承もあり、朝廷や貴族からの厚い信仰を集めました。源融は百人一首の歌人としても知られ、寺の文化的な側面を高めました。

しかし、慶長20年(1615年)、大坂夏の陣で豊臣方に与したため、全焼しました。この戦火により伽藍は失われましたが、元禄年間(1688年から1704年)にかけて復興が進み、本堂、南大門など25棟が再建されました。この時期、寺は「北野の太融寺さん」と親しまれ、民衆の信仰を集めました。境内には淀殿の墓が移され、歴史的な遺産として加わりました。明治時代に入り、明治13年(1880年)には愛国社の第4回大会が開催され、国会期成同盟が結成されました。これにより、太融寺は自由民権運動の重要な舞台となり、全国的な運動の広がりに寄与しました。

昭和20年(1945年)の大阪大空襲で再び全焼しましたが、本尊の千手観音菩薩像は高野山に避難されていたため、無事でした。戦後、復興が進められ、昭和35年(1960年)に本堂が再建されました。以降、大師堂、一願堂、護摩堂、宝塔、客殿など20余棟が整備され、現在の姿となりました。令和2年(2020年)には創建1200年を迎え、記念行事が行われました。太融寺は、古代の創建から戦災、復興を経て、現代まで信仰の場として存続しています。この歴史は、大阪の都市発展と仏教の変遷を反映したものです。

さらに、毎年5月28日には柴灯大護摩供が行われ、修験行者が問答する独特の儀式が執り行われます。これは寺の伝統を今に伝え、多くの人々を魅了します。太融寺の歴史は、単なる寺院の変遷ではなく、周辺地域の社会・文化史と密接に結びついています。今日も梅田の喧騒の中で、静かな聖域として人々の心を支え続けています。

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