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法相宗

宗旨・宗派
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概要

法相宗ほっそうしゅうとは大乗仏教の一つ。かつて奈良仏教の支柱となっていました。

有・空・中の三時教判を立て、万法唯識を説きます。

唯識宗・慈恩宗ともいいます。

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はじまり

インドの弥勒・無着・世親に淵源します。

唐の玄奘が戒賢から伝え、この宗旨の所依とする成唯識論をはじめ多数の経論を漢訳。

弟子の慈恩大師窺基が「成唯識論述記」「大乗法苑義林章」などを著して、法相宗を大成。

その門下の恵沼や法孫の智周たちが宗旨を弘めました。

日本への伝道

日本には4つの伝道パターンがあります。

伝次求法者入唐年師僧弘教寺院
第一伝道昭653年玄奘元興寺
第二伝智通など658年玄奘観音寺など
第三伝智鳳など703年智周元興寺
第四伝玄昉717年智周興福寺

元興寺の所伝を南寺の伝、興福寺の所伝を北寺の伝といいます。

南寺の伝

南寺(元興寺)では智鳳の門下に義淵がいて、その弟子の行基は薬師寺で、法孫の泰演は西大寺で弘教し、泰演と同門の護命は最澄の大乗戒壇建立を非難しました。

北寺の伝

北寺(興福寺)では玄昉の門人に「法苑義鏡」の著者の善珠(秋篠寺)がいました。

その法系に、次のような人物たちが現われ、弘教していきました。

  • 空晴(興福寺喜多院)
  • 真範(興福寺一乗院)
  • 蔵俊(興福寺菩提院)
  • 良遍(興福寺勝願院)
  • 真興(小島寺)
  • 貞慶(笠置寺)

また、道昭の門人の道賀は法隆寺で弘教しました。

法相宗では、インドの初祖「弥勒」が弥勒菩薩と同名なことをうけ、同宗の法隆寺や興福寺などの寺院で盛行しました。

法系の展開

室町時代以後も法系が絶えませんでした。

日本近代化とともに、興福寺は真言宗に合併しましたが、1883年に独立。法隆寺とともに大本山を称して、薬師寺も大本山として合流しました。

1950年、法隆寺は独立して聖徳宗となり、興福寺と薬師寺は1952年に宗教法人法による認証をうけ、寺院を大本山として約20寺を統率するようになりました。

コメント お気軽に♬

  1. 法相宗はあまり聞き慣れない宗派ですが奈良の興福寺がそうなんですね(*^_^*)

    • 古代は奈良仏教に多かったようです。いまは無くなったり改宗したりで、ほとんどないようです。

      • ググったら奈良の法隆寺や京都の清水寺は離脱したとありました(*^_^*)

        • 清水寺のかつては法相宗だったんですね。法隆寺はそのまんま聖徳宗になっていますね^_^

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