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半跏思惟像

仏像スタイル
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形姿

半跏思惟像のビシュヌ神。นิธิ วีระสันติによるPixabayからの画像

半跏思惟像はんかしゆいぞう仏像のなかで珍しい倚像の一つ。

左脚を台座から垂下し、右足を左膝の上に置き(半跏して)、右手の指を軽く頬に当てて(思惟して)います。

なお、地蔵菩薩虚空蔵菩薩など、一脚を垂下し、反対の脚を乗せない姿勢があります。

これらは単に半跏像といいます。

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キャリア

誕生と展開

インドでは休息の坐法です。

中国の北魏時代(386〜534)に交脚像とともに半跏思惟像が誕生。

敦煌壁画(中国甘粛省)の仏伝中や南涅水石刻(中国山西省)に、悉多太子が愛馬カンタと別れる姿が半跏思惟像です。

日本は飛鳥時代ころに中国から輸入。

同時期に朝鮮半島では微笑の半跏思惟像が彫られるようになりました(国宝第78号・金銅半跏思惟像、三国6世紀後半、高さ83.2㎝)。

如意輪観音か弥勒菩薩か

2023年6月7日、奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北にある聖徳宗寺院法興山中宮寺本尊のポストカードなど。如意輪観音とも弥勒菩薩とも。半跏思惟像で有名です。

平安時代に密教が流行したとき、如意輪観音の右第一手が思惟相でした。

坐法も輪王坐で片膝を立てるのに似ているため、長らく如意輪観音と考えられてきました。

近年、儀軌以前の作品では、弥勒菩薩の可能性が高いと考えられています。

日本では奈良時代以前の作品がこれに当たります。

韓国でも弥勒菩薩だとみる説が有力です。

なお、各寺院では仏像や寺伝などに依拠して、見解が分かれています(文化財の項目に後述)。

ゆれる国宝「菩薩半跏像」の表記。中宮寺で販売されているポストカードには、①菩薩半跏像②本尊菩薩半半跏像(如意輪観世音菩薩)。入口で配布されるパンフレットには「本尊如意輪観世音菩薩・木造菩薩半跏像」。境内休憩所で販売されている冊子「中宮寺」には「本尊如意輪観音」。

アルカイック・スマイル

近年、半跏思惟像に付随して表情や笑顔が注目されています。

うっすらと微笑む表情はアルカイック・スマイルといいます。漢字で古典的微笑。

口の両端を上へ曲げた微笑は、7世紀頃の世界のトレンドだったようです。

ユーラシア大陸のあちこちで確認される展開のルーツは

  1. インド→中国→朝鮮・日本
  2. インド→中央アジア→ヨーロッパ

の2種あり。

文化財

中国の南北朝時代の遺品があります。

日本では飛鳥時代・奈良時代に流行。

  • 広隆寺蔵:2種(宝冠と宝替)。泣仏は百済国から奉献された弥勒菩薩と寺伝に表記。
  • 中宮寺蔵:飛鳥仏(木彫)や四十八体仏。如意輪観音と寺伝に表記。菩薩半跏像とも双髻弥勒とも。
  • 野中寺:白鳳仏(金銅)。小銅造の銘に弥勒菩薩と表記。
双髻そうけいとは髻が二つある髪型で、奈良時代の文化財によく見られます。

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