宝生如来(ほうしょうにょらい)は、梵語でラトナサンバヴァ(Ratnasambhava)と呼ばれます。密教の金剛界曼荼羅に位置する五智如来の一尊で、大日如来の五つの智慧のうち「平等性智」を象徴します。語源は「宝より生まれたもの」という意味を持ち、財宝を生み出し、人々に福徳を与える仏として信仰されています。
金剛界曼荼羅では南方に位置し、一切の存在が平等であるという智慧を体現したお方であります。単独で造像される例は少なく、多くは五仏の一尊として曼荼羅や立体曼荼羅の中に配置されます。真言は「オン・アラタンノウ・サンバンバ・タラク」です。
この仏は、菩提心に基づく功徳を衆生に施す存在として位置づけられ、福徳と平等の象徴です。
効用
宝生如来の主なご利益は、財宝を生み出し、福徳を授けることです。願いを聞き入れ、望むものを与えるという与願の力が強く、病気治癒、無病息災、滅罪の功徳があるとされています。
特に、平等性智を表すため、一切の差別や我慢を除き、衆生の願いを平等に叶える力があります。商売繁盛、縁結び、良縁、所願成就など、現世利益を求める信仰が厚いです。
また、密教の修法において、この如来を本尊とすると、福徳聚の功徳が得られ、心の平穏や物質的・精神的な豊かさを授かると信じられています。真言を唱えることで、宝珠のような無量の福徳が降り注ぐとされ、日常の祈りや法要で広く用いられています。
さらに、宝生如来の加護により、衆生の全所楽を満たし、天衣や甘露、音楽、宝宮殿などが現れるという記述もあり、豊かさと喜びを与える仏として尊ばれています。
形姿
宝生如来の形姿は、金剛界曼荼羅における標準的な姿として知られています。身色は金色または黄色で、宝生の名にふさわしく輝かしい光を放ちます。
坐像の場合、結跏趺坐(けっかふざ)で蓮華座に座り、右手は掌を前に向けて下げる与願印(施願印・満願印)を結びます。これは願いを聞き入れ、望むものを与える身振りを表しています。左手は衣服の端を握るか、拳を結ぶ姿が多いです。
一部の像では、右手が特殊な印を結び、親指と中指をつける珍しい形も見られますが、基本は与願印です。頭部には宝冠を戴き、螺髪(らほつ)や肉髻(にっけい)を備え、穏やかで慈悲深い表情をしています。
曼荼羅では南方の月輪中央に位置し、宝部に属します。三昧耶形は三弁宝珠で、種子は「タラーク」(त्राः)です。眷属として金剛宝、金剛光、金剛幡、金剛笑の四菩薩が従います。
単独像は稀ですが、平安時代以降の木造坐像では、漆箔や彩色が施され、荘厳な姿を保っています。
意味
宝生如来の意味は、密教の核心である平等性智にあります。これは、一切の現象・事物を平等に見る智慧で、差別や偏見を超えた真実の認識を表します。
大日如来の五智のうち第三の智慧として、受蕴(じゅうん)を浄化し、我慢の煩悩を転じます。すべての存在に絶対の価値があることを示し、福徳の宝を生み出す源泉です。
「宝生」とは、修行により福徳の宝を生じさせ、それを衆生に施すという意味を持ちます。金剛界では智徳を、胎蔵界では宝幢如来として対応し、増益行願の役割を果たします。
この如来を礼敬することで、衆生の所求が成就し、無量の福徳を得られるとされます。平等と豊かさの象徴として、現代でも心の充足や物質的恵みを求める人々に親しまれています。
所蔵(大阪市内、全国)
宝生如来の像は単独で残る例が少なく、主に曼荼羅の一部や五仏として安置されています。大阪市内では、大阪市内中心部に特筆すべき単独像は確認されていませんが、近郊を含めると重要です。
大阪府河内長野市の観心寺には、重要文化財の木造宝生如来坐像(伝・平安時代9世紀)があり、霊宝館に安置されています。この像は伝宝生如来坐像(弥勒菩薩)とされ、塔内四仏の一つとして知られています。
また、同じく大阪府内の歓心寺にも宝生如来像が伝わっています。
大阪市内では藤次寺(大阪の融通さん)が高野山真言宗で本尊として宝生如来を祀っています。
全国では、京都の東寺(講堂立体曼荼羅)、奈良の唐招提寺(木造宝生如来立像、国宝級の重要文化財)、和歌山の青岸渡寺(金銅薄肉宝生如来坐像)などが有名です。
高野山金剛峯寺の根本大塔内立体曼荼羅にも配置され、石山寺の多宝塔内にも金剛界の大日如来とともに安置例があります。
これらの寺院で、宝生如来は五智如来の一尊として、密教の教えを体現しています。


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