大阪メトロ谷町線でお寺めぐり
PR

大阪四不動霊場

霊場・ミュージアム
この記事は約5分で読めます。
記事内に広告を含みます。
スポンサーリンク
【広告】般若心経 完全版
スポンサーリンク
般若心経 完全版
  • 山田無文老師(臨済宗・20世紀の名僧)が分かりやすく解明
  • 吹田良忠和尚(大本山妙心寺塔頭)が読経
  • 歴史上の名僧のエピソード等も興味深い
https://amzn.to/3Rwo2mS

大阪四不動霊場とは

大阪四不動霊場おおさかよんふどうれいじょうとは不動明王を祀る大阪市内の霊場ルート。東南西北に4つの仏寺が指定されています。

  • 大阪東方不動尊…させん堂不動寺 無動尊
  • 大阪南方不動尊…夕陽丘太平寺 北山不動尊
  • 大阪西方不動尊…築港高野山 釋迦院 一願不動明王
  • 大阪北方不動尊…福島了徳院 大聖不動明王

JR大阪環状線や大阪メトロで気軽に参拝できます。

4か寺をすべて参拝する必要時間は、約3時間~4時間。

4つを回ると満願になるので、早く達成感を得られます。

ポイント 四合わせ→幸せ

毎月28日に「大阪四不動奉賛会」が巡拝しています。

スポンサーリンク

霊場紹介

大阪東方不動尊(させん堂不動寺 無動尊)

真言宗勧修寺宮門跡の末寺。

豊臣秀吉が大阪城を築城したとき、生玉神社を現在の場所に移したので、古くから他の地にあった不動堂は取り毀しの悪運にあいました。

1602年、前播州大主の「九竜院殿元公大居士」が大施主になりました。

僧の宗亮は東成群木戸村に不動寺を建立し、再び不動明王の法灯を点じました。

しかし、たびたび水害に見舞われたので、1759年5月28日に現在の場所に移転。

江戸時代に広く信者を集めて、参拝者の列も途絶えませんでした。

日本近代化のなかで、廃仏毀釈の難にあって、往時の賑わいは面影を失ないました。

語呂合わせの洒落が好きだった昔の人がよく用いた言葉に、江戸では「恐れ入谷の鬼子母神」、大阪では「ドッコイそうはさせん堂不動さん」があり、古くから数々の霊験あらたかなので有名です。

  • 護摩厳修日:毎月28日
  • 所在地:大阪市城東区諏訪2-13-5
  • アクセス:①大阪シティバス「諏訪神社前」②JR学研都市線「放出」③大阪メトロ中央線「深江」

大阪南方不動尊(夕陽丘太平寺 北山不動尊)

かつて太平寺真言宗に属し龍翔寺といいましたが、寛文年間に加賀国「大乗寺」の僧が、荒れた伽藍を復興して曹洞宗として護国山太平寺に改称しました。

元禄の頃、海内随一の名医だった北山寿安は、大名や富有な商人たちや貧者の治療と救済に力を尽くしました。

自分が死んだあとに貧者から困窮するのを憂えて、等身大の不動尊を刻みました。

1701年3月3日、萬民の心願成就を祈念してその石像の下に生きながら定に入り、同月15日にその鉦の音が途絶えたと伝わります。

以後、霊験あらたかなお不動さんとして参拝者の線香の煙が絶えることはなく、「摂津名所絵図」や「摂津名所図絵大成」などに記載されています。

後世、講談や浪曲で有名な藪井玄意は北山寿安をモデルにしたものです。

  • 護摩厳修日:毎月21日
  • 所在地:大阪市天王寺区夕陽丘町1-1
  • アクセス:①大阪シティバス22号「四天王寺前夕陽ケ丘」「天王寺区民センター」②大阪メトロ谷町線「四天王寺前夕陽丘」

大阪西方不動尊(築港高野山 釈迦院 一願不動明王)

桓武天皇の勅命により、真言宗祖師の弘法大師は、真言密教を研究するために、804年5月12日、遣唐大使藤原葛野麻呂たち一行とともに摂津国難波津(大阪)から乗船、唐へ留学しました。

築港高野山釈迦院は、弘法大師の高思と遺徳を偲んで「弘法大師入唐求法解纜の御遺跡」を顕彰して伽藍を建立。

また、弘法大師の法灯を高揚して、鎮護国家・済世利人・市民信仰の道場として1910年に7500坪を大阪市より借地し、河内国弘川寺塔中の釈迦院の寺号を移し創建しました。

境内には四国八十八ケ所霊場・西国・坂東・秩父百観音霊場のほか多数の諸堂あり、東の四天王寺、西の築港高野山といって、由緒ぶかい大伽藍の寺でありました。

しかし、1945年6月1日の大阪大空襲のため全焼。

終戦後は天保山運河高野堀(高野山に因んで名づける)拡張のために現在の地へ移転。境内地も以前の15分の1に縮小され現在にいたっています。

  • 護摩厳修日:毎月21日午後1時半 (日護摩は毎朝8時)
  • 柴灯大護摩 :毎年1月28日午前11時。厄除け善哉接待あり。
  • 所在地:大阪市港区築港1-13-3
  • アクセス:大阪メトロ中央線「大阪港」下車6番出口

大阪北方不動尊(福島了徳院 大聖不動明王)

如意山了徳院は東寺真言宗、準別格本山の寺格を有しています。

江戸時代に伏見宮家御祈願所として、御紋「桔梗に十六菊花」を許賜。

俗に福島(旧浦江)の聖天さんとして、多数の信仰を集めてきました。

高田屋嘉兵衛や水野南北が当寺を信心のことと安政年間に書かれた「霊験記」に記されています。

また、元禄年間に俳聖の松尾芭蕉が、当寺の「かきつばたの花」をめでて、「かきつばた、語るも、旅のひとり哉」の句を詠みました。

句碑が境内に現存しています。

大聖不動明尊は「陽気の発するところ、金石亦透る。精神一到、何ごとか成らざん」、つまり、至誠通天、熱誠不動尊として霊験あらたかだと信仰を集めてきました。

しかし、寺院創建時の旧記など、往昔の洪水で流失し、その後大東亜戦争で全焼々失。

詳しくは判明しにくいですが、往昔の七堂伽藍が復元されつつあります。

  • 護摩厳修日:毎月28日
  • 柴灯大護摩:毎年4月第1日曜日、大阪三郷講中により「柴灯大護摩」厳修。
  • 所在地:大阪市福島区鷺洲2-14-1
  • アクセス:①JR大阪環状線「福島」から東へ200m、②大阪シティバス「福島西通」から北西へ100m

コメント お気軽に♬

タイトルとURLをコピーしました